開業にあたり、友人や家族がたくさん助言をしてくれた。ランチ会で自力でホームページを作っている話をしたら、デジタルマーケティングのプロの友人は「見せてみな!」と声をかけてくれ、改善点と基本的なSEOの考え方をまとめた資料を作ってくれた。弁護士の友人(インタビュー記事必読)は、「契約書巻いたほうがいいよ」「表明保証してもらいな」など、かっこいいアドバイスをたくさんくれた。妹はデザイン関係の仕事をしており、私が試行錯誤して自作したホームページをちょちょいと直して玄人感を出してくれた。開業を伝えたら仕事を紹介してくれた方々もいる。
おかげで無事開業日を迎えられたのだが、ありがたすぎて当然のように「助けてくれた人たちに恩返しする!」という目標ができた。どれだけ進化した生成AIに彼ら彼女らの仕事が代替されようが、困っているときに助けてくれた人には報いたいと思うのが人間の性。今後事業を大きくして、まとまった仕事を頼みたい。
同じように、私も努めて人情深く生きることで、仕事には困らないのではないかと踏んでいる。ドイツの偉人・ビスマルクの「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」という言葉が大好きなので、そういった古くから商人たちが繋いできたお付き合いの通貨は、いつの時代にも通用するような気がしてならないのだ。あと普通に、「取材」は属人性が高いので、生成AIにできるようになるのはだいぶ先だと考えている。
一方で、人生の岐路には周りの人間の本性が垣間見える、というのも「あるある」だ。体を壊して休職した時も、退職を決めた時も、周りにいた人はさまざまな反応を見せた。前述したように実際に行動で応援してくれる人もいれば、優しい言葉をとにかくくれた人もいるし、むしろ近づいてくる人もいれば、焦りや怒りを滲ませる人もいた。そういうことに少し傷ついた時は、「私は階段を一段登ったのだな」と思うようにしている。彼らは階下での隣人だった。
そんな愛すべき隣人たちの中には、生成AIを「最高の理解者」と呼ぶ人がいれば「仕事ができないイエスマン」と呼ぶ人もいる。色々な人の見解を聞くたびに、結局のところ友人や同僚といった「人間のような」相棒を求めているんだな、と思う。9月上旬には米アンソロピック社の研究者が「今後10年以内にAIが人類を滅亡させる可能性が10%以上」と投稿し話題になった。人情を大切に、と歩み出したところで、人間らしい交流を追求する先に破滅があると示された。ズコーっとこけた勢いで、掲げた暖簾に手をかけそうになる。危ない、危ない。
(2026年9月26日 文と絵・柏このか)